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農学と数理科学の間、あと書評、英語日記

農学と数理科学をお勉強しております、書評は様々なジャンルについて気ままに書きます。英語の勉強として英語日記に挑戦します。趣味は、物理学、数学、歴史、哲学、芸術です。

農学と数学

農学と数学。

最早、相反する学問としかとれない人もいそうであるが、それなりに密接な繋がりがあるような気がしている(個人的に)。

農学の歴史は、農業の歴史といってもよい。農学は英語で言えば、agricultureであり、まさしく農学=農業である。

原始の人類が初めてたどり着いた文化、それが農業であった。

農業を効率的に行うために、人類は歴史的にさまざまな試行錯誤や技術革新を行ってきた。

寧ろ、人類史の大半が農業の革新に費やされたとすらいってよい。

その結果、天文や測量、水利等々をシステマティックに行うための学問が生まれ、農業生産効率は上昇した。

この意味で農業は全ての学問の祖であるとすら言える。

つまり農学は既に数学を内包する学問であったのだ(驚愕)。

実際、数学の端緒は、土地を測る測量学にあると言え、これは農業と密接にかかわる学問である(実際、今日の農業土木において重要視されている)。

まあ、以上のお話は殆ど冗談といえば冗談であるが、農学という学問は、この意味で全てを内包する学問であり、学問のアルファなのである。

また今日の環境問題等の解決に農学の活躍が不可欠である(これはまた今度話しますが)ことを踏まえれば、農学は今日的な意味で学問のオメガである。

農学、それは学問のアルファでありオメガなのである(名言)。

近代的な意味での農学、つまり農業科学(agricultural science)が数学と出会ったのは、統計学においてである。

農業科学は、リービッヒの農芸化学に端を発すると思われるが、統計学との邂逅までは、数理的な解析は行われてこなかった。

ロナルド・フィッシャーが農業試験場での研究により近代統計学を確立したのは有名な話である。

ここでは、農学におけるバラつきを統計的な手法により把握するという態度が取られている。

しかしながら、農学はその後、数理科学的な解析に傾倒することなく、実学的な実践的傾向を示した。

緑の革命などはその典型例であろう。

数理科学的な解析に傾倒しなかった理由としては、農学の対象とする自然・生物というシステムの複雑性(複雑系)がよく取りざたされる。

実際、コンピュータが普及するまでの数理科学的手法では、複雑系を解析することは困難であっただろう。

この律速は、コンピュータの普及とともに除去されている。実際、カオスや複雑系の観点からの農学の研究は近年、ある程度盛んに行われている。

ここでは、農学におけるバラつきがシステムの複雑性や非線形性に求められ、それをカオス理論、力学系理論などの方法論によって解析している。

農学におけるバラつきが統計的手法、力学系的(システム論的)手法の両面から解析されてきたと考えられる。

私は、農学における数理科学の趨勢として、今現在、2つの趨勢があると思っている。

それは統計科学的手法とシステム論的手法の2つである。

統計科学的手法は、応用生物学におけるバイオインフォマティクスから農学に侵入しており、システム論的手法は、農業工学におけるカオス研究から農学に侵入していると思われる。

この2つの手法は、どちらも農学の扱う対象がもつバラつきや多様性に対応する手法であり、統計科学では線形な方法論、システム論では非線形な方法論が取られていると感じる。

この両者がこれからの農学における数理科学のメインストリームになるのではないだろうか。

農学と数学が美しき結婚をすることを望む。

もしくは願わくば農学という母が数学という息子をその手に抱かんことを。